<現地レポート③> ニトリのアメリカ事業撤退を勝手に考察してみました。
家具大手のニトリが収益性改善の困難を理由に、2023年4月までにアメリカにある2店舗を閉店し米国事業から撤退すると発表しました。同社のアメリカ進出の歴史は約10年前の2012年、Nitori USAを設立。翌年10月には私たちの住む南カリフォルニアのタスティン市とフルトン市に、創業者の似鳥昭雄氏の名前からとった「アキホーム(Aki-Home)」をそれぞれオープンし、最大で5店舗にまで店舗を展開していました。
去年ニューヨークから南カリフォルニアへ引っ越してきた際に一度お店に訪問しましたが、その時は時間帯もあるかもしれませんが、ほとんどお客さんはおらず、正直デザインや価格などで魅力的な商品もなかったため、その後IKEA とWayfair (家具を扱うオンライン大手)でほとんどの家具や雑貨類を揃えた記憶がありました。
今回撤退のニュースを聞き、絶賛閉店セールを行っているということもあり、再度お店に足を運んでみました。日本では独自の店舗・商品戦略で飛ぶ鳥を落とす勢いだった同社が、なぜ北米撤退せざるを得なかったのか。今後の私たちの市場戦略のヒントにもなると思い、本当に勝手ながらもマーケティング目線での考察をまとめ、さらに仮にどのような展開ができたのかを独自目線で想定してみました。
目次:
1. 撤退のニュースとコメント
2. Nitori USA の戦略を考察
3. Nitori USA in 2023 ができること
1. 撤退のニュースとコメント
まずは、同社似鳥昭雄会長兼CEOのコメントがWWD に掲載されていましたので引用します。
私も夢を持ってアメリカに出店したのが9年前。残念ながらやはり世界で一番競争が激しい、特にロサンゼルスは厳しい。無理だった。
(中略)
この2年間、アメリカにも行ってなくて、コミュニケーションも足りなくて、コロナになってから、おざなりになり、社内の面で足りなかったと思う。
(中略)
一番は「ウォルマート」や「ターゲット」「アマゾン」などの競争力が非常に強くて、アメリカにある企業さえ業界がなくなってしまうという、われわれが想像していた以上に進化・発展を遂げている。「アマゾン」は毎年5兆円ずつ売上げを伸ばして60兆円ぐらいになり「ウォルマート」もあれよあれよという間に70兆円を超えている。すると業界そのものがなくなってしまう。家電は売上げが取られてベスト5などは売場貸しになり、書店も大手は数百店を持っているところが全部なくなった。
(引用終わり https://www.wwdjapan.com/articles/1440485 より引用)
コロナ後の物流費・人件費などのコストの急高騰や、円安などの経済・経営的な要因は非常に大きいと思いますが、同社がなぜアメリカで10年かけても成長を遂げられなかったのかということは個人的には、上記のコメントに凝縮されているように感じます。次に、具体的に詳しく分析してみます。
2. Nitori USA の戦略を考察
今回の撤退の敗因をマーケティング目線で見てみると、商品戦略と店舗戦略の相互がうまくかみ合わなかったことが最大の原因ではないかと考えます。
商品戦略について
商品戦略ですが、元も子もない発言になるかもしれませんが、そもそもNitori がメインにしている「家具」のマーケットは、日本企業がアメリカ展開するには最も難しい業界の一つです。
まずサイズの問題。アメリカの家は総じて日本よりもサイズが格段に大きいので、そこに配置されるテーブルや椅子、ソファー、ベッドなどあらゆる家具類のサイズ規格は大きい必要があります。日本に一時帰国すると、実家が縮んだか?!と感じるくらい、アメリカの家屋サイズに慣れると、日本の家屋は非常に小さく感じます。日本は基本的にすべてがコンパクトなので、家具類も軽く、できるだけ小さく、収納や持ち運びがしやすいことが良点といわれる傾向にありますが、アメリカはこの全く逆といえる商品の価値基準があります。(頑丈でがっしりと重く、でかいほうが良い。)
また、デザインやトレンドといった感覚的な点も家具、ホームデコレーション商品を考える上で非常に重要な点です。アメリカではホームパーティーなどで人を自宅に招待する機会も多いですし、マイホームを持って自分の好みの家を作り上げることがまだまだ共通の夢だったりします。DIYも盛んで家の建設、リノベなど男女に限らず盛んにおこなわれています。
ミレニアルズやジェネレーションZ世代は自分の家を持つことよりも、住む場所の自由を重視する傾向にはありますが、いずれにしても家の中を自分の好みのデザインで心地よくデコレーションするという傾向は普遍的といえます。以下の表のとおり、ホームデコレーション関連のマーケットは常に成長市場です。
そのような競争の激しい市場の中で、日本のトレンドに合わせた色やデザインを展開していては競争力が低く、勝ち残りは難しい。「デザインの現地化」は必須といえます。Aki-Home でもこの二つの点をカバーするため、現地の規格やトレンドに合わせて製造された外部企業からの仕入れ商品をされていました。しかしそれは結果的に価格帯の底上げにつながり、さらには一貫した商品開発や品質管理ができないことで、Nitoriの日本での武器であった「お、ねだん以上」の価値提供を難しくさせたように思います。実際お店を見てみると、一部の商品は手ごろですが、家具のほとんどはIkeaなどの価格と比較すると40-50%以上は高く、デザインの一貫性もない。商品戦略、商品展開を見ても、「どういった層の顧客に売りたいのか」といった点がよくわかりませんでした。
店舗戦略について
同社のアメリカでの店舗展開戦略については、2019年2月Nitori USAの当時の社長の話の中で、「南カリフォルニアはアメリカの小売業界の中でも一番競争が厳しい市場。厳しい状況下で勝ち抜くことができれば他の地域でも勝つことができるだろうと、あえて激戦地である南カリフォルニアを進出の地に決めました。」とあります。
南カリフォルニアの地域は都市開発によって、安全で教育水準が高い学校が多くあり人気のエリアです。東アジア系移民も多く、比較的収入の安定した人々が多んでおり、多くの大手小売り店が店舗を展開しています。完全な推測ですが、日系人が多く、日本からのアクセスも良いことから物質的、人的な日本本社とのやり取りもしやすいという点も店舗展開を決めた決断の理由としては大きかったのかもしれません。
Aki-Homeの店舗があるThe District Tustin というショッピングモールはCostco やTarget 、Whole Foodsなどの人気店舗が並ぶショッピングモールです。さらには車から15分程度のエリアの中には、IKEAだけでなく、Crate and Barrel, Pottery Barn, west elm, Home Goods など多くの大手家具・ホームデコレーションの専門店が存在しています。これだけ見ると、集客力や知名度の確立には立地は最高といえるかもしれません。しかしこれらの企業のターゲット層は、ざっくりまとめるといわゆるマスの現地アメリカ人層であり、必然的に彼らの求めているものは(もしくはこの場所にくる目的は)アメリカのライフスタイルやトレンドに合った商品や体験になります。こうした価値をガッツリと提供している競合企業と真っ向から勝負していくことになり、かなりの荒波に飛び込んでいるように思います。
同じように西海岸中心に店舗を展開して比較的成功しているダイソーなどは、現地の日系スーパーMitsuwa やアジア系スーパーやレストランなどと同じショッピングモールなどの立地で、「日本(ないしアジア)のものが好き」、「日本の面白い文化に興味がある」というような人を明確にターゲットにしています。Aki-Home はその点でいうと、現地仕入れの家具やデコレーション商品と、日本で販売しているNitori の生活雑貨などの商品が雑多に販売されており、ここでも「どういった層の顧客を呼び込みたいのか」といった点がよくわかりませんでした。
これまでNYとCAで日本企業の海外進出を見てきました。特に日本の企業がアメリカに店舗展開を行う場所を決定する際の決定の理由として、「(日本で)知名度のある場所である」、「(意思決定者が)行ったことがあり憧れがある」、「日本人のコネクションがある」などなど、”マーケット x ターゲット x プロダクト” の掛け合わせによって導き出された合理的事由ではない事由で、出店を決定された場合が多くありました。
Aki-Homeの店舗展開戦略の中で、南カリフォルニアの当該地域が選ばれた本当の理由はわかりませんが、上述の発言から推察すると、日本での成功によって作り上げられた自信によって、現地を理解するための調査が十分になされないままに、日本の戦略のまま、ないし日本の目線によって店舗立地が決定された可能性を感じます。
3. Nitori USA in 2023 ができること
最後にこれまでの考察を踏まえて、Nitori が2023年心機一転、新たにアメリカ進出を検討するなら?というありえない仮定をして、勝手に戦略展開を考えていきたいと思います。
まずは商品戦略。まず家具やホームデコレーションを主軸にいくべきか、生活雑貨に重点を置くべきかの大きく分けて二択が考えられます。(実際Nitori もアメリカではこの二つの軸の中で戦略の転換に揺れ動いていたようです。)
仮に再トライできるのであれば、生活雑貨を中心にした商品戦略が適正かと思います。上述の家具は避けるべき理由のほかに、日本の生活雑貨は概ねアメリカの商品よりも細やかな機能性や品質が優れており、Nitori が日本で開発した日用品商品群はアメリカでも十分競争力のある商品が多いと感じるからです。特に収納商品などは、日本の住環境に合わせて、いかに細かくコンパクトに収納するかにこだわった製品が多く、そうした商品は収納好きのアメリカ人には高く評価されます。ただし、サイズや色、デザインなどはアメリカのスタンダードやトレンドに合わせた開発は必須です。
また、そうした製品の良さを現地のアメリカ人に伝えるマーケティングもしっかりと行う必要があります。Aki-Homeで販売されていた日本で企画開発された日用品雑貨のほとんどが日本語パッケージのままで、その製品の良さ、機能性といったものはパッケージにある、これまた日本のセットで撮影された写真で推察するしかありません。(パッケージ自体もニュートラルでおしゃれ感もない。)これではユニークな商品であっても魅力が半分も伝わらないのではないでしょうか。例えば日本で、インドのカレー容器を買おうとしたらパッケージのすべてがヒンズー語で書かれていて、パッケージの写真に見たこともないような食材が写っていたら、、、あまり購買意欲はわかないと思います。
またNクールシリーズは、他商品との比較を体験できる什器や、英語での説明が書かれていましたが、あくまでも日本語のものを英訳しただけに過ぎないもので、実際にどういったテクノロジーで、どれだけ冷えの効果があるかということ知らない人にはわかりにくいなと感じました。日本の白熊のキャラクターはかわいらしいですが、技術や品質を伝えるには子供っぽいイメージ。各商品をしっかりとローカライズさせていくことは絶対的に必要です。そのうえで、それらの商品の、アメリカ人にとってわかりやすいプレゼンテーションを、消費者とのコミュニケーションの接点で丁寧に作り上げていきます。
次に店舗戦略について。商品戦略やマーケティング戦略を偉そうに述べましたが、結局のところ、いろいろなことを右往左往、トライしていって市場の反応を見ながら、自社の戦略を随時軌道修正しながら進めていくことは絶対に必要になります。特に私たちは異文化から来たという非アドバンテージがあり、いきなり黒字化を狙うのは無理。しかし、アメリカでいきなり一等地に小売店を出そうとすると、家賃や契約縛り(5-10年などの契約が一般的)などコスト面でのリスクが大きく、そうしたリサーチ的な動きがしにくく、日本の常識で作られた最初の戦略に縛られる傾向にあります。
そのための戦略としては、まずは期間限定のポップアップストアや、LEAP という小売業態をパッケージにしてサポートしてくれるようなサービスを活用し、最初の数年間などはデータとノウハウを蓄積させることで、適正な商品、マーケティング、店舗戦略が導きだすのが良いのではと思います。
博打的に不動産契約を決めるのではなく、市場トレンド、ニーズをくみ取りながら、自社の強みを理解し、ブラッシュアップしていく。時間とコストという限りある資源を有効活用するには一つの良い手段かなと思います。
最後に当たり前のことですが、私たちも日々の業務の中でいつも感じること。それはアメリカの市場戦略において何より大切なことは、打ち立てたゴールを心の底から信じて、自社の米国進出成功のために、がむしゃらに戦略を実行していく現地人材(組織)と、それをリスペクトしてサポートする日本での組織体制が基本的かつ絶対的な成功条件です。
今後NITORI 社はアジア戦略に注力し、その後の戦略として再度北米進出を狙うということなので、いつかまたお店でショッピングを楽しめる日が来ることを願っています。